雑念が消えた世界で(2)

【稲光の記録方法】

LOFTで枕を買った時に大判のクロッキー帳もついでに買ってきた。今までは布団の上でゴロンと転がり、日記の内容を頭の中で練ってから書いていた。クロッキー帳さえあれば日記のアイディアをスラスラ書き込んで後で思い出すことができる。

 

クロッキー帳は建築専攻に配属された頃に使い始めた。建物のコンセプトなどに関するアイディアに繋がりそうなことを日々クロッキー帳に書いていく。アイディアが浮かばないと建築デザインの単位が遠ざかる。しかしいつアイディアが浮かぶかは気まぐれである。枕元にスケッチブックを置いて寝てる間にアイディアが浮かんでもすぐに記録できるよう24時間臨戦態勢の日々が続いた。必死である。ただ、レッドブル片手に製図室で徹夜する日々に次第に嫌気が差し始め、手・力の抜き方を覚えるようになり、常に臨戦態勢ではなくなった。そうして生まれた余力を使って全く顔を出せていなかったサークルに現れるようになった。これはこれで良かったと思う。

 

日々アイディアの到来を待つ中でわかったことがある。アイディアは非言語的なものとして現れるのであり、完全な文章として現れないということである。僕の場合だと、日々アイディアの素となりそうな情報・考えたことをクロッキー帳に書いていくのだが、その中のいくつかが線で繋がるようなイメージがいきなり稲光のように脳でパチンと閃く瞬間が訪れる。急いでクロッキー帳に何が線で繋がっていたのかをなんとか思い出して書くのである。

ドラマ『SPEC』の主人公である当麻紗綾は、書道を通して事件のキーワードを書き連ねながら頭の中の100万個もの膨大な情報量を整理整頓する形で思考し、それを破って紙吹雪のように舞い上げながら「いただきました」の決め台詞と共に事件の最終的な結論を導き出す。僕らもクロッキー帳やスケッチブックで同様のことをしているのかもしれない。建築学生はみんなスペックホルダーなのである。当麻と違う点は100万個も情報量を持つほど賢くないこと、非言語的な点と線の関係性が見えたところでそれが何を示しているのかわからず「いただきました」とかっこよく言えないままもやもやして終わることも多い点である。

次第にクロッキー帳の記録方法も事柄を線で繋ぐマインドマップの形式になっていった。書いたマインドマップを俯瞰することで説得力が薄いところを見つけて補ったり、一番重要視するポイントをどれにするかを定めたりするのが非常に楽になるのである。

 

枕をセッティングするとともに、テレワーク用に買った机や椅子の上に山積みだった本や書類を久々に片付け、日記の内容を練るスペースを設けた。これで布団から脱出して健康的に日記を書くことができる。と思ったが別の問題に気づいた。どうやら自宅の本棚などの収納スペースに対して蔵書量が超えているようである。安くて広い物件に引っ越すべきだろうか...

 



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