雑念が消えた世界で(3)

【雑念が消えた世界で】

枕と机周りを整えてクロッキー帳に色々書いているうちに夕方になった。TVが無くてM-1が見れないので、仕方なくお薬を飲んで漫画を読んでいたところ気絶するように眠ってしまった。

目覚めたら23時であった。M-1で誰が優勝したのかわからない。気になるが今スマホを開くのは身体に毒な気がするので、水を飲んで一眠りすることにした。横になって数分、何かがおかしいとふと気づいた。頭から不安、高揚感、全ての雑念が消えている。ニュートラルで自由で静寂な、不思議な世界が広がっていた。

「今日の気分は最高です
 絶望も希望もない
 空のように透き通っていたい」

「どんな自分が幸せです
 成功も失敗もない
 空のように透き通っていたい」

どうやら宇多田ヒカルの『テイク 5』の歌詞のような世界に来てしまったらしい。異常なほどの静けさに驚くが、怖くはなくむしろ心地よい。サウナのととのいなどより遥かに無の境地である。30分ほど呆然と横たわっていた。

枕を変えたからか?それとも超能力者の漫画を読んでいたからか?いいや、違う。

「もしや、雑念をクロッキー帳に置いてきたな。」

しばらくしてそう気づいた。クロッキー帳に目覚めている間の感情を書き溜めて、思考が脳から紙に転移しているのである。そうして脳に保存する必要がなくなり雑念が消えたまま僕は泥のように横たわっているのである。しかし、こうなってくるとなんだか好奇心が湧いてくる。好奇心は雑念に含まれるのだろうか。結局不思議な世界から起き上がってシャワーを浴び、ほろよいを飲みながらクロッキー帳に今起こった現象を書き綴った。

 

毎日クロッキー帳に浮かんだ全ての感情を書いて記録すれば、さっき訪れて帰ってきた不思議な世界に居続けることができるのだろうか。休職する前、心配性の僕は眠ろうと横になる時も翌日の仕事の手順を確認し頭の中でグルグルして、寝ても夢の中で仕事をしていた。翌日のタスクリストを書いているにもかかわらず。復職したら忙しいこともあり、クロッキー帳に全ての感情を書いて不思議な世界へ飛び込むのは難しそうである。

いっそ物書き・ライターになってひたすら書き続けるのはどうだろうか。しかし、不思議な世界へ飛び込む手段と金を稼ぐ手段が机に向かって文字を書くという同一のものであれば、不思議な世界への扉が閉ざされそうな気がする。

そもそも、雑念が消えた不思議な世界で何をするのだろう。何ができるのだろう。宇多田ヒカルのように人は何故その世界を求めるのだろう。そんなことを考えていた。

 

雑念が消えた世界、そう考えて思いつくのは「悟り」と「祈り」である。天台宗の総本山である延暦寺には千日回峰行という行がある。7年かけて約30kmの巡拝を約千回行う。途中で行が続けられなくなった場合は自害する。そのために行者は短剣を常時携行している。土中に埋められる有名な即身仏や、船内に設けられた窓の無い箱に入り沖へ流されながら瞑想を続ける補陀落渡海などがあるが、いずれにしても共通するのは徹底した無私である。そういえば、そろそろ就活を考えねばという頃に友人が「僕は神になりたい」と笑顔で言っていた。死ぬ気は無いはずだけれども、彼が目指したのはこの不思議な世界かもしれない。日々の安寧をささやかに祈るような境地なのだろうか。

クロッキー帳に一通り書いたところでスマホを開いた。M-1マヂカルラブリーが優勝していた。一気に現実に帰ってきた。

 

また不思議な世界へ行くことがあるのだろうか。『テイク 5』はこのような歌詞で終わる。

「コートを脱いで中へ入ろう
 始まりも終わりも無い
 今日という日を素直に生きたい」