オチのない結末

検索エンジンに引っかかるようになったのか、それとも誰かが紹介していただいたのか。突如この日記のフォロー数が増えて60人を超えた。日々思ったことをひそひそと書いていたつもりが多くの方に読んでいただけることになりびっくりである。あとは炎上しないよう気をつけてコンスタントに日記を書くのみ。はてなブログアクセス解析のページがあり、その日に何回アクセスされたかがわかる。どうやら投稿していない日もなんやかんや読まれているようである。誰かが僕を気にかけている、興味を持ってくれている。これは僕にとって心のセーフティーネットである。

 

日記やエッセイ(?)を書くことは初めてであるが、昔から好んで読んでいる。実家の本棚に中島らもさくらももこのエッセイ集が並んでおり、小学生の僕はこっそり盗み読んだ。また、父親の影響で星新一ショートショートを読んだりした。その結果、「ストーリーにはオチがある」とばかり思い込んでいた。高校生になると森見登美彦万城目学の爆笑小説を図書室で借りて読むようになりその念は益々強くなった。ところがある1冊によってその思い込みは打ち砕かれた。

図書室で見つけた村上春樹の『アフターダーク』という長編小説である。当時大好きなASIAN KUNG-FU GENERATIONの同名タイトルの曲があり、なんだか気になって借りて読んでみた。物語の舞台は深夜のファミレスと薄暗い部屋、何かが起こりそうな予感がする。この2つの舞台で発生する出来事がどう絡んでいくのだろうか。どういうオチに帰着するのか。そう思いながら読み進めると、オチらしいオチも無く何も起こらないまま読了した。

「そっか。これ前編だから後編も借りて読まなきゃ。」

そう思って再び図書室に行ったのだがどうやら後編は無くアフターダーク1冊だけで完結しているらしい!雷が落ちるかのような衝撃であった。それから村上春樹恐怖症になり村上小説を一切読んでない。

ただ大学生になってからオチのないミニマルな音楽を好むようになった。オチへ向かう展開ではなく、全体を包み込む空気感を味わう、そういう世界があることを知り始めた。今思えばアフターダークの全18章に纏う深夜の異質な雰囲気が妙に心地よかったのは間違いない。早寝早起きの高校生には、深夜のファミレスは落ち着きながらもきらめいた別世界に見えた。そして大学生になった僕は、お酒を飲んだ後に喫茶店で茶をしばくような静かな深夜を知った。深夜テンションとは対極に位置する穏やかな深夜を。今なら村上春樹の作品を読めるだろうか。

 

産業医面談で眠れない夜は悪いものと決めつけずに受け入れることが大事とアドバイスいただいた。静寂を噛み締めながら今日も眠れない夜に文章を書いている。