SUPERCARとSuperstudio

ロックバンドSUPERCARが『YUMEGIWA LAST BOY』をリリースしてから20年が経とうとしている。このシングルでは元電気グルーヴ砂原良徳をプロデューサーに起用し、当時のロック・シューゲイザーサウンドから打ち込みを多用したエレクトロサウンドへと大胆な転換を遂げた。間違いなく21世紀の邦楽の一方向を示した楽曲である。翌年の2002年には同じくエレクトロサウンド主体のアルバム『HIGHVISION』をリリースした。同年、『YUMEGIWA LAST BOY』は窪塚洋介主演の映画『ピンポン』の主題歌となった。

「反応、反射、音速、高速、もっと速く...もっと!」

心の底から熱量が湧き上がってくる映画である。幼馴染もこの映画を見て奮い立ちながら受験勉強に励んでいた。

 

さて、不可解なのは『YUMEGIWA LAST BOY』が収録されたアルバム『HIGHVISION』のジャケットである。アナログからデジタルへの転換点となるこのアルバムで選ばれたのは伊豆半島の湖、自然であった。これまでのSUPERCARの作品のジャケットは抽象的・無機質なものが多かっただけに、このタイミングで自然の風景を選択するのは不思議に思える。

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HIGHVISIONのジャケット

 

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HIGHVISION以前のアルバムのジャケット

長らく音楽性とジャケットの不一致が何を表しているのか悩んでいたが、どこかで見たアルバムのレビューを見てなるほどと思った。
「彼らは電子の音で自然の世界を表現している。」

 

『YUMEGIWA LAST BOY』のサビの歌詞を引用すると、

「崇いサポートの礼に 崇いサポートを礼に

 崇い未来への礼に 自然と愛への礼に」

とある。

同アルバムに収録されている『Strobolights』では、

「今、愛の灯のライト」

というフレーズが繰り返される。

このアルバムは抽象的でミニマルなフレーズが実に多く含まれている。アルバム全体を纏う、抽象的で言語化しにくいものだが確かにある優しくて穏やかな感覚を彼らは電子音で表現しようと試みていると解釈するようになった。彼らは青森県八戸市十和田市出身である(ちなみに砂原良徳は札幌市出身)。自然と電子の調和、冷涼な街から上京した彼らだから見える感覚なのだろうか。

当時気鋭の映像作家だった宇川直宏を起用した『YUMEGIWA LAST BOY』のMVにも特筆すべき点がある。当時としては真新しいCGで雪原の風景を構築し、そこに割れたレコードやペン、ネジといった人工物が降り注ぐ内容のMVである。冒頭の黒背景に白いグリッド線という無機質な人工物から徐々に雪原の風景が立ち上がってくるシーンが圧巻である。自然と電子・人工物がどのように調和していくのか、そういう世界観が音楽・ジャケット・MVで絡み合って表現されていると感じる。YoutubeにはMVが公開されていないが、Apple MusicなどではMVを見ることができるので是非。

 

当時建築専攻の僕にとって、グリッド線から雪原が浮かび上がり、雪原がグリッド線と黒背景の平面に消えていく表現が非常に気になった。建築の授業ですることといえば線から人工物を立ち上げることである。ランドスケープデザインといったものもあるけれども、観賞を目的としない自然、雪原をグリッド線から立ち上げるのがやはり興味深い。そんな話を恩師である研究室の助教授にしたところ、ある建築家集団を僕に教えてくださった。

1960~1970年代に活躍したイタリアの建築家ドローイング集団、Superstudioである。

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Superstudioのドローイング作品

彼らの描いた未来は、都市や自然をグリッド線で構築された面や空間が覆う世界である。決して楽観的な近未来都市を描こうとした訳ではない。むしろ資本主義社会の現在をネガティブに描いたものであった。これらの作品を見た者は「こんな未来は断じてありえない。」と批判するが、批判した瞬間に「あなたが望ましいと考えている無秩序な都市開発はこのドローイングの様ですよ。」とブーメランが突き刺さるのである。自然と人工の混ざった近未来的なドローイングを逆手にとって、当時の社会にぶっ刺さる非常に強い批評性を獲得した。非常に大胆ながらもアイロニカルな表現に触れ、その後卒業設計を制作する際もやはり大きな影響を受けた。"Superstudio architecture"で検索すると様々なドローイングを見ることができる。

 

SUPERCARは2005年に解散したが、その後『RE:SUPERCAR』というリミックス曲、未収録音源、デモ音源を収録したアルバムが2枚リリースされた。

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RE:SUPERCAR

Superstudioのように大胆ではない、さりげなく穏やかで静かな自然と人工の混合である。ただ、2枚目のジャケットについては中央に配されたガラスのような物体を取り除いたとしても自然や緑とビル群の対比が浮かび上がる。「僕らの住む街はSuperstudioのようになっていないだろうか。」そう思いながら都市の再開発を横目に見ている。

 

YUMEGIWA LAST BOY / SUPERCAR