ぼくたちわたしたち共犯者

【注意:いつになく過激で長い内容です】

 

お金が無くてパスしたが見るべきだった、チケット抽選を外したが見るべきだった、このアーティストをもっと早く知って解散ライブを見たかった。そんなライブが山ほどある。

中でも一番見たかったと思うのがアイドルグループBiSとノイズバンド非常階段のコラボユニットである『BiS階段』の解散ライブ『BiS階段 LAST GIG(2014年)』である。入場時に「当該コンサートの開演中にいかなる事故が発生し危害が加わろうと主催者側に何ら責任がないことを誓約いたします」と書かれた誓約書にサインすることが必須という観客にとっては非常に不穏なライブ。ブルーシートで囲まれた会場で何が起きたのか。ライブは代表曲『nerve』からスタートし、そして1曲目が終わると、またも『nerve』のイントロが流れ出す。爆音ノイズとともに観客やメンバーがダイブし、謎の液体や炭酸ガス、臓物、生肉などがフロアへどんどんぶちまけられ狂乱の中、『nerve』を13回繰り返すのである。トランス状態と化した演者と観客の共犯関係がアナーキーでカオスなライブをどんどん暴走させていく。このライブを本当に生で見たかった。あの狂乱の中で共犯者になりたい。ノイズ・ミュージックは救済者、アイドルも救済者、BiS階段は救済の2乗である。疲れた時にこのライブの映像を見ると疲れが吹き飛ぶ。医者も脳科学者も知らない健康法である。

一方で、当初お目当てではなかったものの見ることができ本当に良かったと思えるライブにも遭遇している。横浜本牧で開催された『SCUM PARK 2017』に出演した『NATURE DANGER GANG』というアーティストである(お目当てだったのは『禁断の多数決』。禁断の多数決も超良かった。)。MC、DJ、サックス、ダンサー、漫画家などを詰め込んだユニットである。最初からモッシュやダイブが各所で発生しオーバーヒート、もみくちゃ呼吸困難になりながら叫び散らかし30分。とうとうメンバーの男も女も素っ裸になり始めフロアにダイブ、「生きてるってなんだろ 生きてるってなあに」と大合唱が巻き起こりながら会場全体が狂乱の渦に飲み込まれ、演者だけでなく僕を含めた観客たちもやりきったぞと満面の笑みで幕を閉じた。これ程までにプリミティブな熱狂を肌で感じたライブに立ち会えることができて本当に良かった。

改めてこれらのライブを考えてみると、やはり演者と観客の共犯関係が不可欠のように思える。外部から閉じた空間において形成された共犯関係、たまらなくてゾクゾクする。こういうライブの映像がYoutubeで公開されると、やれアイドルがかわいそうだの気持ち悪いだのコメントがどうしてもつく。何を思うのも自由だが、終わったライブの映像を盗み見て熱狂の外からあーだこーだわざわざコメントを残すのは野暮だと正直思う。

 

漢字博士のてきちゃんなら読めるかもということで親友から谷崎潤一郎の『鍵』という小説の初版を以前いただいたのだが、この小説は日記と窃視がテーマである。この小説はとある夫婦の日記で構成されており、夫と妻の日記が交互に公開されることでストーリーが進行する。読まれることを前提にして書かれた日記を夫婦が互いに盗み読みする愛欲の物語である。それと同時にこの日記形式の物語世界を読む者もまた窃視の主体となるという仕掛けを持つ。どエロい日記(行為そのものではなくシチュエーション、表現や描写、包む雰囲気が尽くどエロい。そこに谷崎の凄さを感じる。)を読む我々も物語に無くてはならない存在となる。寝ている妻の裸体を夫がカメラで撮影し現像する一部始終を窃視する我々は立派な共犯者である。我々は言葉によっても共犯関係を楽しむことができる。てきちゃん漂流日記を通して僕の思考を覗き込む皆様も同様である(楽しい...のかな...?)。

また、1987〜1998年の深夜に放送された『鶴瓶・上岡パペポTV』というトーク番組がある。台本はほぼ白紙で筋書きの一切が無いため、ひとたび話題が下ネタや反社会的な会話、差別・中傷発言を誘発する会話に及ぶと放送禁止用語を連発することも多く、その際は口元、または画面全体がマル禁(○の中に漢字の「禁」)で覆われ、サイレンの音でかき消される。何を喋っているのかはわからないけれども、マル禁が出てくるだけで面白かったりする。そして、この番組のポスターもとんでもないものである。鶴瓶・上岡両名が上半身は燕尾服姿で紳士的なのだが、下半身がモザイク処理されているものの丸出しで写っており、そこに糸井重里が考案した「見てるあんたも同罪じゃ。」というキャッチコピーがつけられている(Googleで調べると出てきます)。やはり出演者と視聴者の共犯関係が垣間見える。信頼関係などではなく、深夜にこっそり何か面白いことをしでかそう、楽しもうという共犯関係なのがポイントである。

 

そんな楽しい共犯関係なのだが、サブカル史に関する書籍をいくつか読んでみると、オウム真理教事件がターニングポイントとなりメディアの反省もあって外部から閉じたものへの糾弾の声が強まっていったようである。社会に実害を与えるものはもちろん糾弾されるべきである。しかし実害を与えないアングラまで好きじゃないといった理由で過剰に弾圧されるのもよろしくないと思う。ネットやSNSの発達によって外部から閉じるという状態が最近はもはや珍しいかもしれない。共犯関係の対岸から声の大きな単独犯がこちらを盗み見ている。単独犯たちがやがて束になり、筒抜けになったこちらの野に火矢を飛ばして炎上させようとする。こうして別に炎上しなくてよかった数々のコンテンツが燃えてしまった。どちらが健全なのだろうか。

ORANGE RANGEの『ビバ☆ロック』の歌詞「オレンジレンジを知ってるかい かーちゃん達には内緒だぞ」

昔を賛美し過ぎるのは良くないのだけど、CDとヘッドフォンと少年のような緩い共犯関係が心地良いなと思う。

 

nerve / BiS階段(終始カオスなので注意かも)

NATURE DANGER GANG(全裸のメンバーが映るので注意)