囚人Tの脱走

僕は半魚人である。バレると近所の漁師にタモ網で捕獲されて築地市場(魚類にとっては刑務所)に送られるので今まで家族にも秘密にしてきた。小学校までは僕も人間だと思っていたが、中学校あたりでどうも他のみんなと違うことに気づいた。家にあった動物図鑑や魚図鑑を読み漁った結果、どうも身体が人間で心がフグの半魚人らしい。

心がフグなので、毒を生物濃縮で溜め込んでしまう。廊下で転んだことや授業中に当てられて答えを間違えて恥ずかしかったこと、他人から不意に浴びせられた悪意のある言葉、どんなに些細なものでもいつまでも記憶してしまう。そして毒を吐き出す方法を知らない。傷つくような言葉をうっかり友達に言ってしまった時も、人の悪口もたまには言うけど、なんであんなことを口走ってしまったのだろうと結局後で悔やんでしまうので毒がどんどん蓄積されていく。共感性羞恥が強いために『ドラえもん』や『ちびまる子ちゃん』のアニメが昔から苦手だった。他人がドジって失敗する姿まで自分の抱える毒になってしまう。『痛快TV スカッとジャパン』は僕にとって即死の猛毒である。身体がフグだったらよかったのだが、人間なので身がもたない。「抱える毒が致死量に達した時が寿命なんだろうな。」と薄々気づいていた。

過去の毒が蓄積されていくとともに、未来を恐れるようになった。恥ずかしい思いをしたくないし迷惑をかけたくない。ピアノなんか習ったことないのに高校でシンセを手に入れて軽音楽部に入部し、大学で軽音楽サークルに入ったけど先輩も後輩もみんなうまくて焦燥感が募る。ライブは緊張して吐きそうだし、そもそもスタジオ練習で既に吐きそうだし、ライブ後の打ち上げでダメ出し食らったらどうしようとか思っていた(後輩曰く当時の僕は笑顔が引きつっていたらしい)。未来に対してビビり散らかすことを原動力に練習していた。研究室のゼミも緊張する。社会人になり仕事が超面白い、だけど研修で発表する時は緊張するし、会議や打ち合わせも吐きそうになる。だからこそあらゆる事態に対応できるよう自分なりに緻密な準備を心がけて毒を回避しようとしてきた。そんな性格で突き進んだフグ人間は現在に至る。

先日『ショートコント・シミュレーション』を書いて、何故僕が双極性障害になったかようやく理解した。僕は過去と未来の囚人になっていた。捕獲されて築地市場送りになることは無かったが、自分で作り上げた監獄に囚われていた。過去を引きずり未来を恐れてひたすら予測し続ける計算マシンとなっていた。僕が機械だったらそれで良いのだが、身体は人間、心がフグなので道理でボロボロになる訳である。「過去や未来に囚われず今この瞬間を生きること」を目指すマインドフルネスに興味を持っていたが、本屋に行っても胡散臭い本だらけで結局買わないでいた。

 

昨日の朝、ぼんやりした目でTwitterでバズっていた鬱病体験記の漫画を読んだ。幼少期のエピソードから始まり、受験期での発症、回復までの一貫した流れを冷静に客観視して描いており非常にわかりやすいなと思った。病歴の浅い僕は日々なんのこっちゃとわからないことが多いので、こういうアウトプットはとても参考になる。

午後にサークルの1つ下の後輩と久々にLINEをして通話することになった。彼曰く、たった3ヶ月で双極性障害を受け入れて完全ではないけれども病気を乗りこなそうとしている僕の姿が神がかっておりもはや超人の域であるらしい。普通の人間なら受け入れるまでにもっと時間がかかるらしいのだが、自分自身でそんなことを自覚したことはなかった、というより自分が今どのフェーズにいるのかそもそも知らなかった。どうやら朝読んだ漫画に重ねると、かなり終盤に僕は位置しているようである。そうなった要因を僕はムムムと考えたところ、2点思いついた。

1つ目は、大学時代の建築設計や卒業設計において、スケッチブックを通して自分の内面を深く見つめていた点である。自分が何を見て聞いて何を感じたか、それを素直に書き込んだ。スケッチブックなんて誰にも見られないから徹底的に書く。

2つ目は、就活期に『絶対内定』という書籍のプログラムを全部やったことである。就活本は胡散臭い本だらけで僕もこの本を買った時は半信半疑だったのだが、筆者の誠実な姿勢と熱量に衝撃を受けた。600ページ超の大ボリュームを爆速で読み、膨大なプログラムをひたすらノートに書きまくってトライした。プログラムの内容は至極単純で、幼少期の思い出を書き出すことから始まり、過去の自分の思い出、人との関係、価値を重く置いたもの、得意なこと、苦手なことをひたすら掘り下げる。それから初めて、現在の自分が何をしたいのか、未来にどういう人間になりたいかという問いに向き合う。藁にもすがる思いで本気でやった。

結果として、とことん突き詰めて自分の内面に深く潜ることを大学時代に経験した。とてもラッキーだ。自分のフィーリングは自分が一番知っている。だからこそ双極性障害だと診断を受けてもそこまでびっくりせず、自殺願望が生まれることがあっても結局ケロッと今生きている。自分に素直になればどうとでもなるのである。

彼と3時間も通話した。彼とこんなに話したことは今まで無かったけど非常に充実した時間だった。病気との向き合い方に自信がついた。本当にありがたい。彼からマインドフルネスの原著を教えてもらった。彼も僕と同様に胡散臭い本は嫌いで、メカニズム・根本の部分を知らないと納得できないらしい。今度天下一品食べましょと約束して、その後早速ジュンク堂でその本を買ってきた。

 

家に帰ってワクワクしながら読むと、やはり「内面への深い洞察」が鍵となるようである。『雑念が消えた世界で』で書いたように、以前スケッチブックに感情を書き尽くした後に眠ろうとしたら、頭から雑念が消えた静かな世界を訪れていた。結局のところ呼吸に意識して瞑想する、ペンを握ってスケッチブックに向かう、アプローチは違うけれども目指すべきゴールとその本質は同じなのである。それに気づいた僕がすることは1つ、素直に日々の内面と向き合うことである。別に胡散臭いことではない。大学時代にしていたことである。そして今回はそれを日記に書いてみんなにも伝えてみる。そうして輪が広がっていく。病気の症状は消えないとしても向き合えるようになる、それがフグ人間の解毒方法である。あとは双極性障害となかなか調和しない社会との付き合い方を見つければ、僕の心の檻からの勝ちが確定する。

 

改めてサークルの日々を思い出すともの凄い緊張していたけれども、超楽しんでいた。これは本当に間違いない。2回生の時に同じ学科の3人でサカナクションのライブ版『DocumentaRy』を演奏したら途中で機材がぶっ壊れたバンド、メンバーがキーボードしかいないしメンバー紹介で各々が所有するキーボードを紹介するキーボード縛りバンド、全員同じ公式サングラスをつけたthe telephonesのコピバン、ギターを買って練習してSUPERCARの『Karma』と『TRIP SKY』の2曲を爆音ノイズでやったバンド、僕がいるのにガールズバンドと言い張るバンド、いろいろやった。合宿は1回しか行ってないけど最高だった。自分でよくわからんままパソコンで打ち込み音源を作り、サークル活動の一番最後にサカナクションを演奏した時はもうバリバリの達成感である。今でも音楽を聴いたりすると、あの曲やりたかったなあとかしょっちゅう思う(OBライブに出ろという話だけど)。緊張したことや嬉しかったこと、全ての記憶・経験・事象をニュートラルに見ることが僕のこれからすべきことである。

 

今朝LAUSBUBというバンドを知った。札幌の女子高生2人のバンドでアナログシンセやベースマシン、サンプラーを使ってすっごいアシッドでかっこいい音楽をやっている。僕は『Get Stir Crazy』という曲に夢中になっている。浮遊感バリバリの本当に綺麗な曲であり、退屈な街・日々から抜け出したいという思いが歌詞にじわりと滲んでいる。札幌の女子高生ならではの感覚なのかな。どういう音楽を聴いて、どういう環境で育って、どういう内面の世界に迫っているのかとても気になる。彼女たちへインタビューした記事が出てこないかなあ。

 

 

マインドフルネスストレス低減法

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Get Stir Crazy / LAUSBUB

https://soundcloud.app.goo.gl/xagzR