3人目のサーフィン

ここ最近は後輩に教えてもらった本をひたすら読み進めた。目から鱗のことばかりが書いている。僕はBeatFitというアプリで筋トレやストレッチをたまにする。アプリには他にもランニングとかエクササイズのメニューがあるが、なんとヨガやマインドフルネスもある。家にヨガマットがあり、身体を柔らかくしたいのでヨガを何回か試したことがある。でもいつもヨガっぽさを感じない、ストレッチっぽくなってしまう。ストレッチでいいじゃんとなる。本を読んで、どうやらポーズの移行はよりゆっくりにすべきだと理解した。アプリでは初心者コースとなっている太陽礼拝も、スピーディーに次々とポーズを切り替えながら呼吸に集中するのはとても難しいことらしい。あくまでも呼吸に集中するのが目的で、身体が柔らかくなるのが結果と捉えないと失敗するようだ。やはり原著を読まないと理解できない点が多い。

BeatFitには睡眠コースもある。一番時間の長いプログラムを試してみる。最初に軽くストレッチ。その後ボディースキャンという身体の各部位を強く意識するフェーズ、その後に呼吸に意識して頭に浮かんだ考えを掴んでポイポイ捨てる。捨てれば捨てるほど視界が瞼の裏側へ近づいてだんだん暗くなっていく。35分でコースが終了、後半は長いことじっとして身体がムズムズするので左右に寝返りをうち真ん中に戻すと、そこはもう夢の国である。こうして僕は3日連続で0時に眠り、普通の睡眠を取り戻した。頭がガンガンに冴える不眠から脱した。

 

昨日の午後母親に通話して近況を報告する。師匠や後輩と話したこと、自分なりに考えていることをいろいろ伝えた。僕がそこまで考えているなら大丈夫でしょうと理解してもらえた。親も最初は心配したが、12月頃からこの子はたぶん大丈夫だと感じていたらしい。スーパーで買い物した後に気づいたら3時間昼寝した。ちょっと緊張していたのかもね。

夕方日記を書くか悩んだが、結局やめておいた。確かに日記を書きたいという強い思いはあるし、下書きにいずれ書くつもりの内容が20個くらいストックされている。書こうと思えば余裕で書ける。でも書かなかったのは、ここ最近の生活がうまくいきすぎている気がして逆に怪しかったからである。

症状が残っていても普段通りに生活を楽しむことができた理由、考えられるのは2つ。1つ目は、精神の波のアップダウンが落ち着いた可能性。2つ目は単純に鬱から躁のフェーズに切り替わった可能性。もし躁のフェーズに切り替わっていた場合にあれこれ無理に手を付けるのはたぶん良くない。今日は母親と通話してスーパーにも行ったしもう十分、日記を書けば後々疲れて反動で鬱になる気がする。

どうするべきかと考えた結果、僕は鬱と躁を結ぶ人格を作った。

鬱の僕には、「暗い気持ちになるのもわかるけど、今は日記を書いて楽しいこと・自分の興味に改めて視線を向けてみようよ。」と宥める。

躁の僕には、「日記を書きたい気持ちもわかるけど、今書きまくると後々疲れるよ。今は本をじっくり読んだりゆっくり眠って大切な気付きをのんびり得ていこうよ。」と宥める。

僕の中に幼い鬱と躁と、ちょっと年上のお兄さんの3兄弟が住むようになった。そして日記が感情フィードバック制御の装置となった。日記を使って鬱の自分を躁方向に持ち上げ、躁の自分を鬱方向に押し下げ、精神の波を上手にサーフィンしている。

 

シンガーソングライターの水本夏絵さん(ソロ活動では『転校生』名義)のダークでポップな曲が大好きで、いつかはこの方について書きたいと思っている(Apple Musicで聴くことができます)。

『ドコカラカ』という曲の歌詞

流星群に願わなくたって 「大丈夫、きっとうまくいくよ。」

のような心持ちのお兄さんが鬱と躁の手をつないで漂流のエンド・ロールへ向かう。