言葉の力を

対立を煽るような、懲罰的な、陰湿な、暗いニュースが次々飛び込み参ってしまう。「魑魅魍魎」のニュアンスを伝えようとして、生配信で「穢多非人」と間違えて言ってしまったアイドルが活動自粛するらしい。狂っていると思う。

「それは使い方間違ってるよ」

「本当ですか、失礼しました」

「気をつけてね。配信これからも頑張ってください」

このように済む話ではないのだろうか。数年前のきゃりーぱみゅぱみゅの炎上もそうだが、匿名性に甘んじた監視的環境に身を置き、間違いに対して過度な懲罰を要求するのはおかしいと思う。間違いによる損失そのものより、過度な批判・懲罰による損失のほうが大きいのではないか。我々は日々自爆している。どうして教え諭すという方向にならないのだろうか。僕が甘いだけだろうか。他にも高齢者VS若者の構図を目にしたりして朝から暗い感情だった。

 

医者に行き、疲れて昼寝して、それから音楽の国へ亡命した。

僕はこれまで様々なライブ映像を見てきたけれど、Buffalo Daughterの『Autobacs』が世界で一番かっこいいと思う。

https://nico.ms/sm13510314?ref=other_cap_off

太いmoogのベース音、宙を舞うビラとヘルメット、縦ノリで揺れる観客、全て最高なんだけど、DJの山本ムーグさんのアジテーションが本当に良い。

 

アジテーションの引用】

我々が本質的に要求するものは次のことである。

我々には希望が必要である。

モチベーションを持て!

話せ!聞け!目で見ろ!

 

シンプルな言葉なんだけども、非常に力強い。要求が「我々」にも向きつつ、彼らの信念を物語っている。山本ムーグさんも僕と同じ病のようで、今はBuffalo Daughterの活動からは少し距離を置き、植木屋さんで働きながら時々DJなどをしていらっしゃるらしい。自己と向き合って生きるかっこいいお兄さんである。

 

夕方、友人からネットラジオをやってみようよと誘われた。言葉の力を信じてみようか。書くのと話すのは思考回路が違うのだろうか。巷で流行っているClubhouseはたぶんしない。大人数で会話すればするほど話題の方向性や立ち回りなど余計なことを考えないといけないから、自分の言いたいことから遠ざかっていく。本質から離れる。浅くなる。そして、権威的なところが鼻につく。僕には浅ましく感じてしまう。言葉の力は平等にあると思う。どうせやるなら淡々と潜っていくような静かな言葉の場を作りたい。