さるぼぼ捜索(1)

日記にするか悩む内容であったが、緊急事態宣言下の状況をありのままに記録するべきだと思い書き残すことにした。

 

前回の日記で書いたように、お医者さんに病状改善のため旅行しろと宣告された2月8日、どうしたものかと夜に楽天トラベルを見る。お医者さんはJR飯田線沿いの湯谷温泉や大嵐(おおぞれ)が良かった、伊良湖岬の休暇村は安いし伊勢鳥羽までフェリーで渡れるなど仰っていたが、むむむ。湯谷温泉は大人1名で泊まれる宿が無く、伊良湖岬の休暇村の夕食はビュッフェであり感染リスクを考慮すると気が引ける。

休職して自宅にひきこもっているがために感染可能性が極めて小さいとはいえ、そもそも緊急事態宣言下で旅行するのが無理難題である。しばらく頭を悩ませていたが、とある宿を発見する。コロナ禍における旅行プランの最適解を見つけたかもしれない。これなら確実にリスクは少ない。完全犯罪のトリックが浮かんだ気分、僕は山村美紗内田康夫、西村京太郎かもしれない。コロナ禍を舞台にした旅情ミステリー小説なんてあるのだろうか。Zoomで犯人追い詰めるのなんか嫌だな。とにかく急遽予約して2月9〜10日の1泊2日で泊まるにした。目的地は飛騨高山。僕の中で躁鬱の象徴となっている、白黒の飛騨名物さるぼぼを探しに行こう(以前の日記『育児休暇』参照)。

 

2月9日朝、特急に乗って北上し高山駅を目指す。列車の自由席もスカスカだ。下呂温泉の辺りまで雪は全く見えず、もしかして高山は雪が降ってないのではないかと不安が募る。しかし、さらに北上していくと徐々にうっすら積もる雪が見え始め、峠のトンネルを抜けて飛騨一ノ宮駅周辺を見渡す高台に出ると銀世界である。一面真っ白。思わず目を輝かせながら、昼頃に高山駅へ到着した。f:id:labotekichan:20210210195854j:image

列車から降りるとあまりの冷え込みに身体が凍てつきそうになる。ヒートテックを着ているはずなのに寒い。おまけに高山市街地の路面という路面が凍結している。スニーカーでのこのこ来たてきちゃんに暗雲が立ち込める。高山駅前は閑古鳥が鳴いていた。観光客が全くいない。小さなリュック1つで来た僕は観光客に見えないだろうと思ったが、その口から繰り出される関西弁でたぶんバレている。ゆっくり1歩ずつ地面を踏みしめて凍る街を進んでいく。7〜8割くらいの店が緊急事態宣言に基づいて休業しているのではなかろうか。なんとか開店している高山ラーメンを発見。お姉さん2人で切り盛りしていて、注文してからラーメンができるまで凄く早い。細縮れ麺で鶏ガラと魚介のあっさりスープ、身体にスープの熱が染み渡る。

 

店を出たら駅前のバスセンターに戻って、そこからバスで「飛騨の里」へ向かう。バスも一人ぼっちだった、寂しい。野外博物館である飛騨の里は飛騨地方の民具の展示、合掌造りなどの飛騨地方の民家の移築保存がされている。敷地内に保存されている建物の数はなんと約30棟。民家マニアにはたまらない施設である。入場するとそこはもう江戸・明治の山村集落である。かなり積雪しているので、滑りにくいレンタル長靴に履き替える。今日はめまいが落ち着いている日で良かった。広大な敷地を見渡す限り客が僕しかいない。雪の山村を1人で静かに体感できる良い機会である。
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雪の中を突き進み1つ目の住居に到着する。軒にはズラリと氷柱が並んでおり、恐る恐る玄関へ向かう。長靴からスリッパへ履き替えて中を見るとびっくり。厩や囲炉裏までそっくりそのまま見事に移築・再現されている。この住居では飛騨地方古来の産業である製糸業について解説があり、機織り機や大きな糸車、祭事に着る裃(かみしも)などが展示されている。裃のフォルムがかっこいい。高速道路を走っていると目にする、各市町村の名物を絵にした標識(カントリーサインと言う)が大好きである。最近は丸みを帯びたデザインやゆるキャラが登場する標識も増えたが、昔ながらのカクカクした線でその地の祭などを描いたものが特に好きである。日本古来の服装に潜むエッジの効いたフォルムのかっこよさが気になった。



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1階の梁に設けられた神札を祀る神棚、お仏壇も残されている。しんと静かであるが、何か見られているような気がする。屋根から雪が落ちる音を聞いてとっさに緊張感が走る。本当に民話の世界へやってきたみたいだ。質素だけども清い生活様式の佇まいの神聖さを感じる。移築・保存されているけれども、そういう雰囲気がやはり強烈に残っている。外を出てよく見ると遠くの方に観光客がポツンと1人見えるが、実は化けて出た狐かもしれない。

その後も養蚕業、板葺き屋根の材料となる榑(くれ)の切り出し・製材の工程などを見ていくのであるが、入場から1時間あたり経った頃に異変が現れる。寒すぎて足のつま先の感覚が無いのである。長靴も寒しスリッパも寒し、おそらく氷点下の中を突き進む。標高647m、この日はかなり冷え込んでいた。あまりの寒さに展示を見るのが雑になっていく。婚礼儀式や飛騨地方で食される山菜など、興味があるのに雑になっていく。もっとゆっくり見たかったのであるが2時間で泣く泣く1周した。

 

バスで駅まで戻り、外をとことこ歩く。雪も止んで少し晴れてきた。喫茶店のコーヒーで凍結した身体を解凍する。「あそこのお店は給付金が出なくて怒っている」「東京から怪しい訪問販売の集団が来ているらしい」みたいな世間話が聞こえてくる。どこまで本当かはさておき、有数の観光地である高山もやはり相当切羽詰まっているのが垣間見える。僕にできることはひっそりと影のように高山に溶け込んでお金を使うことだけなのだろうか。しばらく考え込んでしまった。

 

川沿いに文房具屋を見つける。店の看板に「文房具に興味・関心のない方は入店をご遠慮頂きますようお願い致します。」と書かれている。おそらく店主は文房具フェチで相当のこだわりを持っているに違いない。製図用にSTAEDTLERのセットを持っていた経験から、僕だってこだわりはあるっちゃある、字は汚いが。入店すると万年筆から製図ペン、ノートにマグネットまであらゆる文房具がズラっと揃っている。思わず店内じっくりじっくり見てしまう。「あーこれ使ってた!」「うわー憧れのやつ!」思わず頭の中で声が出る。店の端っこに本が少しだけ並んでいるのに気がつく。『文具少女ののの』など文房具フェチな書籍が広がっている。めっちゃ気になる。結局、福島槙子・寺井広樹著の『もし文豪たちが現代の文房具を試しに使ってみたら』を購入した。福島さんは文具プランナー、寺井さんは世界108ヵ国約4万枚の文房具屋の試し書きを収集するコレクター、相当のド変態だと思った(尊敬の念)。

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そして高山市街地を流れる宮川に架かる橋を渡る。渡る最中「あれっ?」と違和感がある。川の流れが南から北になっている。ということはこの川は日本海に流れている。川の水が太平洋側か日本海側のどちらに流れるかという分水嶺は岐阜と富山の県境だと思っていたが、どうやら列車でトンネルを潜ったあの山がそうらしい。f:id:labotekichan:20210211013035j:image

川の向こう側の古い町並みへ着いたが、人っ子一人いない。飛騨牛ステーキ串みたいな店も軒並み臨時休業。開いているのは賞味期限の長い酒屋くらいか。大学のゼミ旅行でかつて訪れたことがあるが、だいぶ雰囲気が違う。観光客で賑わっていた近年とも違い、かといって地元の人で活気のある昔とも違うのだろう、経験したことのない街の姿が広がっている。ここまで様変わりして静かだとは思わなかった。

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市街地北部の櫻山八幡宮にお参りし、そろそろチェックインの時間かと思い、地元の人しかいないようなこの街の南へ向かう。着いたのは高山善光寺。門前に「OTERA STAY」と書かれた木版が掲げてある。そう、ソーシャルディスタンス旅行の切り札はお寺である。