忘れる初心

これのどこが人生の瞬間最大風速やねんと言いながら、今日は家にこもって久々に9時間くらいゲームした。冷蔵庫を開けてだらっと冷えたほろよいを夜に飲む。特に日記に書くことも無し。そう思ったが、ふと生活の理想が高くなっていることに気づいた。休職した時は洗濯しただけで偉人になっていたのに、今は偉人のハードルが勝手に高くなっている。鬱の時は洗濯できた偉い偉いと褒めて、スモールステップでコツコツ積み上げてきたが、寛解期を跨いで躁になった時にいつのまにか段差そのものがデカくなって登れなくなっている。そして段差から転落して失望して鬱になるのだろう。理解理解。

また、日記を書いていることも一因になっている気がする。心の中でどこか面白い出来事を望んでしまっている。スクープを求めている。ハプニングの無い日常も記録して繋げていくことに意味がある。

自分の人生に期待しすぎている。というのは誤解を生むので詳しく説明すると、人生の一筋の流れではなく瞬間、一断面に期待しすぎている。そう気づいた。そうではなくて流れに身を任せ何事も細く長く、スモールステップが大事。無為自然老荘思想?あんまり詳しくないけど。

 

復職にしても転職にしても、今後の人生はどうしても自分の病名が付き纏う。自分の病気(もはや病気ではなく個性と思っているけれど)を正しく伝えて、自分の強みを表明できるようにならないといけないなと思った。そういう意味でのセルフブランディングの本が読みたいのだけど、どうやら意識高くて胡散臭い本だらけのようなのでジュンク堂で慎重に探す予定。過剰に自己を演出するだけの中身スカスカ人間になるのは嫌だな。むずかしー!

 

2ヶ月前は洗濯できただけで大喜びしていたこと、そこがスタート地点であることをゆめゆめ忘るることなかれ。