誰でも一等賞

ここ最近めまいがひどかったが、後輩たちの活躍をひと目見たくて京都にやってきた。

関西の建築学生が大集合したDiplomaという卒業設計展が目的地。以前僕が講義のTA(ティーチングアシスタント)を担当していた時の学生たちが、Diplomaで賞をバンバン獲っている!超嬉しい。そして、彼らの作品を見ると大成長しているのだけど、僕がTAをしていた2年前とひと続きになっているように感じた。方法、表現、世界観、見えているもの、感じているもの、2年前の面影がどこかに潜んでいる。賞よりもなによりも、その一筋の光が過去から未来に伸びている感じを捉えるのが大事だと思った。

 

賞が獲れなかった学生に「賞が獲れなくてこれから引きずりそうなんですけど、どうしたらいいですか?」と聞かれ、「んなもん時間が解決します」と答えた。

そう答えたもののこれは少し語弊のある言い方で、正しく言うと「んなもん考えてる暇あらへんわい!」である。

これから大学院生になり、インターンシップを皮切りに就活が始まる。他大学のライバルと、大人と、社会と自分の持つ世界観が衝突する。自分の軸の強度を持たなくてはならない。何が好きで、何に問題意識を持っていて、この世界の何を変えたいのか、言語化できないといけない。自分が見えているものを他者に説明するための言語化。本当に重要なことなので、そういう訳で自己分析の書籍が本屋の就活コーナーに並んでいる。建築学生はラッキーなことにクロッキー帳などに想いを記録しているし、講義の作品が残っていたりする。それらが軸を見つける手がかりとなる。

卒業設計は自分の世界観を言語化・表明する練習だと思う、実は。ゴールじゃなくてスタート。賞を獲った獲ってないは本質ではなく、自分の感性に対して作品が違和感無くしっくりきているか、自分の軸が見えているかが何より大事。大学1回生は暇なようにみえて、考えることが多い。引きづっている時間は無い。徐々に先輩になって後輩に教えたりする間に気づくこともあるし、学びつつ教えていく感じ。TAを通して様々な発見ができて面白かったし最高だった。

 

大阪で大学の恩師にもお会いした。前から読みたいとおっしゃっていただいた漂流日記のリトルプレス版をお渡しする。4回生たちの卒業設計に2回生の頃の面影があることを伝えたら、「でしょ!!!!!!!」と言われた。ですよねえ。

僕の卒業設計だって賞は獲ってないけど自分の中では一等賞。卒計アンビルド(建てない建築)の流れが学内にあるのだけど、その元祖扱いされてるらしくなんだか嬉しい。自分の感性に対してしっくりきていれば、とにかく誰でも一等賞、誇っていいものだと思います。