名前のない悪

ゆるやかに下り坂を歩いている。産業医面談も億劫だ。面倒くさい。あれほど好きだった散歩もやる気がない。ベッドの上にずっと転がっていたい。将来への不安も募ってきた。いつまで休職していいんだろう。結局大阪で復職するんだろうか。今はわからないさ。

だけど、1周目の僕に比べて2周目の僕はそれほど恐怖を感じていない。手元にてきちゃん漂流日記があるから。双極性障害を乗りこなす僕の聖書だ。これを読めば、面倒くさくても転がりながら進むことができる。躁の時の僕は本当に人が変わったようで、ルーティーンのラジオ体操や瞑想すらソワソワしてできなかったし狂気の針山を登っていた。今疲れて山から転がり落ちてきた。いてて。そして今ならこれらのルーティーンをこなせる。朝起きてラジオ体操をして瞑想をする。何も考えない時間も久々だ、心地よい。

むにゃむにゃとベッドで転がり続けたいが、自分を説得して洗濯した後に区役所に向かう。マイナンバーカードを受け取りに来たが、大混雑だ。1時間くらいかかってさすがに疲れた。スーパーで買い物をして、帰宅後即布団ダイブ。これでいいのこれで。転がりながら突き進め。

 

地下沢中也の『預言者ピッピ』という愛してやまない漫画がある。この物語には突然人語を話せるようになったチンパンジーのエリザベスが登場する。殺人犯を示した図像(ルネ・マグリットの『ピレネーの城』)を見たエリザベスに主人公が「この悪に名前はあるだろうか?」と質問するのだが

「悪に名前なんかないでしょう」

とエリザベスは返す。

このセリフは人語を知り始めたエリザベスじゃないと出ない言葉だなと感じていた。善悪だとかそういうふうに言葉で二分して判断する以前の目で物事を見ている。悪を「悪い」という形容詞ではなく現象という名詞として見ている。言葉の世界に入り浸ってしまった僕たちにはなかなかそう捉えるのは難しい。僕の目の前に存在する、一見すると悪と思われるものは判断・認識を取っ払っていくとどのような姿になるのだろうか。そんなことを考えていた。

預言者ピッピ』は1999年に連載開始、2007年に1巻発売、2011年に2巻発売。22年かけて2巻しか発売されていない。作者のTwitterによると3巻の制作にとりかかっているらしいので超楽しみ。新劇エヴァを見終えて喪失感を抱いた方々は預言者ピッピ沼にハマってください。

預言者ピッピ1 (CUE COMICS)

預言者ピッピ1 (CUE COMICS)

 

 

預言者ピッピ2 (CUE COMICS)

預言者ピッピ2 (CUE COMICS)