自分だけの国

朝起きて、ふと枕元にド鬱が忍び込んできたなと気づく。やってきちゃいましたか。梶井基次郎の『檸檬』の冒頭「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。」のような心。大学時代から密かに僕を苦しめ続けた黒い霧が押し寄せてくる。昨日上司に双極性障害を抱えた状態で働けそうな気がすると連絡したが、少し遠ざかった気がする。もうちょっとのんびり行こう。

改めて社会との距離を縮まってくると、社会が僕を本当に受け入れてくれるのか不安になってくる。未だ見ぬ未来への不安なんて今はどうだっていいのに。結局なんやかんやでうまいこと行く、万が一の時は逃げることだってできるのに心配になる。死にたいとはもう言わないと決めた。だけどやっぱり僕の思考とは無関係に心が苦しい。だからこそ僕に適合しない社会をやんわり変えちゃいたいと思ったりするのだけど。僕だって爽やかな檸檬の味を噛み締めていたいよ。

 

臆病で泣きそうだけど心は落ち着いている。眠たいがパソコンを開いてリトルプレス2冊目の制作に少し手をつけようとした。2冊目のタイトルは『フラワー・ガーデン』しか無いでしょう。あの日記に直近の思考の全てを書いた。強度は間違いなくある。一回仮で作ってみよう。

そう思ったが、5年前に買ってもらったパソコンがもう老体に鞭を打って満身創痍になっている。電源入れて起動に15分。Wordで2文字打つだけで1分かかってフリーズ。作業できる状況ではない。新しいパソコンを買おうか、でも痛い出費だな。考えるのを保留してとりあえず外に出た。

 

図書館に行く。雑誌コーナーにファッション雑誌『装苑』があるのに気づいた。毎月読もうかな。閲覧ブースで資格の勉強をする。今日は約400ページ中75ページまで進んだ。会社どうこうとは関係なく知りたい内容なので、とりあえず受験する気である。鬱がやってきたがコンスタントに勉強を習慣づける。今日は財務の内容まで進んだ。ROAROE、なんとなくわかるけどさあ...という感じ。まあ3回読めばわかるようになるはず。テキストの中からどこまで細かい知識が出てくるかが重要。重箱の隅をつつくタイプだったら嫌だな。

 

昼頃に東山公園の「ON READING」さんにお邪魔しておしゃべりする。毎度お邪魔して申し訳ないです。太宰治の『正義と微笑』を購入。それから矢場町ヨドバシカメラに寄ってパソコンコーナーをうろつく。友人・先輩たちから良いパソコンの条件を教えてもらったのでそれに当てはまるものを探す。あった。

 

高っ!

 

まあそんなものか。仕方がない。ペンタブレットなので、いつも僕がクロッキー帳に描き込んでアイディア出しするような手法がデジタルでできる。保存もできる。印刷して並べて俯瞰することもできる。高いがメリットもたくさんあるので、こちらにした。家に届くのは明後日の朝。

パソコン購入により、今までに貯まっていた分も合わせてヨドバシポイントがとんでもないことになった。迷わずスマートウォッチをポイントで購入。家に帰ってセッティングして腕に装着。

1周目の鬱の経験から学び、時には真似て、時には真逆の動きをして、2周目の今の鬱に向き合う必要がある。試行錯誤の日々、スタート。そのために心拍数とか眠りの質とか測れるスマートウォッチはいいんじゃないのという気がする。同じループをなるべく繰り返さない、それが2周目のループの僕のすべきこと。

 

夕方、「普通って何だろう?」と心が揺らぐ。心の浮き沈みは誰にでもある。普通ってなんだ。双極性障害は病気か、個性か、それとも甘えか。ただ、浮き沈みを野放しにすると僕が破滅するのは間違いない。だからその日の座標を丁寧に記録する。ただそれだけ。理由はそれだけでいい。心が苦しくなったので久々にMV学概論に逃げる。楽しみながら書き上げるが、大ボリュームになってしまった。これ読む人いるのかと不安になるが、好奇心を発散させるのが今は大事。自分だけの国でいいの。