反転世界の住民

昨晩、雨が降っていてずっと毛布にくるまっていた。食欲が無い。しかし、生活リズムを考慮すると食べたほうがいい。21時頃に起き上がって近くのコンビニへ出ていった。

今朝、LOFTに梱包資材を買いに行く。LOFTに着いた途端に最悪なめまいに襲われる。波打って動けなくなった。救急車を呼ぶべきか。壁際でじっとして耐える。なんとか動けるようになったが、目に映る景色は揺れている。必要なものだけ買ってさっさと家に帰る。

昼食をとる気にならない、虚無感が漂う。とりあえず魚肉ソーセージだけ食べる。製本した漂流日記にメッセージカードを添えてビニールポケットに入れる。さらに封筒に入れて梱包完了。これをゆらゆら歩いてヤマト運輸の営業所に持っていく。置いてあるタブレットに僕のスマホQRコードを読み込ませると、発送伝票が印刷される。送り主・届け先、互いの住所・氏名はわからない。匿名。匿名なのでBOOTHを選んだ。家に帰る道中、さすがに魚肉ソーセージだけではダメだろうと思い、コメダでエビカツパンを注文する。カツカリーパンが出てくる。これはこれでおいしかった。

 

家に帰ってパソコンを開く。OneNoteに感情を記録する。以下が3/21以降の記録である。

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虹色のブロックを見る限り、3/23~29のわずか6日間で軽躁から鬱に反転している。実は違う人間がこっそり家に忍び込んで書き込んでいないかと疑う。自分が自分でない感じ、本当に怖くなった。他人には全く気付かれない病気と言うけれども、自分自身でも記録しないと気付くことができない。自分の外見はそのままで、中身だけパタパタと反転する。自分が思っていた以上の速さで反転している。1年間で4回以上、躁状態鬱状態の病相を繰り返すと「ラピッドサイクラー」というらしい。気分が急速に上下してしまうラピッドサイクラーは気分の波のコントロールが通常の双極性障害よりも難しく、本人もあまりに目まぐるしく気分が上下するため、疲弊するらしい。参りますなあ。自殺しないことは約束したけど、それでも、Tempalayの『そなちね』のMVの少年みたいな、爽やかな自死が若干うらやましく感じたりする。生涯での自殺率24%の恐ろしさが身に染みる(僕が読んだ本では24%と書いてあったが、実際はもう少し値が小さいと思う)。消えたら解き放たれるだろうか...こらーっ!!2016年以降アルバムをリリースしていない相対性理論のニューアルバムを待ち望んでいるし、レトロな少女やSAPPYのライブも見れてないし、コロナ禍が落ち着いてから高校の同窓会でみんなで酒をドバドバ飲みたいし、楽しみは星の数ほどあるのに死んでたまるかこんちくしょう。ただ、生活に対して疲弊を感じる。双極性障害は楽しいけれども、身体・精神的負担の代償が大きすぎる。


Tempalay "そなちね" (Official Music Video)

 

 

 

【鬱の時】自分の内面を深く見ずに、好奇心を持って周囲の面白いものを見る・探す・触れる。他者から褒めてもらって気持ちを上に向けてもらう。

【躁の時】周囲のものに気を取られずに、急がず慌てずしがみついて自分の内面を見る。他者からはブレーキをかけてもらう。

 

これが躁と鬱と一緒に暮らす最適解だと頭では理解している。けれども実践するのが非常に難しい。

【自分】そもそも鬱・躁の時にそういうものの見方ができるか。

【他者】どう理解してもらうか。

【社会】躁鬱の反転をどう社会と嚙み合わせるか。

逆にこの3点が成立すれば、絶対になんとかなる。

【自分】【他者】は正直どうにかできる。【自分】は日記やOneNoteでかなり客観的に自分自身を見れているし、軌道修正を図ることもできる。嘘、コントロールするのが結構難しい。【他者】は幸いにして家族・友人・先輩・上司たちに恵まれているので特に問題なし。【社会】がわからん。これだけ速く反転する生活と社会の歯車が噛み合う気が全くしない。

 

日記を書いたりして今の生活に満足しているのに急に鬱になるのが怖いなと思う。鬱になった時は、自分を見すぎない、周りの面白いものを見るに限る。とりあえずMV学概論を書くためにYoutubeに潜る。久々にモーモールルギャバンの『サイケな恋人』を見る。切ない変態。元気が少し出た。ぜひ爆音で見てみてください。


サイケな恋人/モーモールルギャバン