テキイグチ・レポートⅢ

古本市当日の朝、ホテルを出て駅前のパン屋で朝ごはんを買って会場へ向かう。僕らのブースには長机と3つの椅子。これをお店に仕立てていく。

とりあえず、持ってきた箱などを積み上げて立体感を出す。平積みだけでなく、立てかけるようにして表紙をドンと見せられるような構造にしたいが結構難しい。中央にはラムネの絵が描かれた手ぬぐいを敷いて爽やかな感じにする。活動マップやクマ・ペンギンの置き物、ショップカードやスケッチブックなども配置する。

それから本を並べていく。表紙がアイキャッチとなるような本を目立たせたいが、置き方に正解はない。いろいろ試行錯誤しながら決めていく。それが本当に不思議で面白い点である。


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午前10時、さあオープンだ。僕は立ち上がり、真っ先に隣のブースのうきわ書房さんに駆けつける。選りすぐりの漫画がたくさん販売されていることを、SNSで事前に嗅ぎつけていた。特に買いたかったのは自主制作漫画誌『USCA』の4・5巻。1・2巻は持っていたものの、以降の巻がどうしてもどうしても見つからなかった。まさか高松で出会えるなんて。ますます西方浄土の意味が「西に行ったら良い本が見つかること」の気がしてきた。あとは3巻だ、待ってやがれ。逆に、うきわ書房さんがてきちゃん漂流日記をお買いになる。お酒が飲みたくなるが、ポカリで我慢。

 

オープンしてちらほらお客さんがやってくるが、みんな鋭い眼光で怖い。お目当ての本を探してもはやサメのように回遊している。しかし、一度は通り過ぎたお客さんがしばらくすると戻ってきて、「やっぱりこれにします〜」と買われることがある。なので、僕たちがすべきことは、にこやかにお客さんをお迎えすること、時間が経ったら回遊に備えて本の配置を変えること、さらに時間が経ったらスケッチブックのフリップを変えること。これで、戻ってきても新しく見えるようにする。ビビらず誠実に向き合えば、サメもいつかはイルカくらいになるのである。

とはいうものの、いぐっちゃんの大型建築本『CONCRETE CONCEPT』が早速売れる。僕が持ってきた手塚治虫の『ロスト・ワールド』も売れる。割と高めな本がいきなり売れてしまい、お互いキョトンとして顔を見合わせる。しれっと漂流日記もさらに売れている。意外な本から売れていく。こうなってしまうと、もはや何が売れるのかさっぱりわからない。が、売れた喜びでテンションは上がっており、あまり細かいことは気にせず頑張ってみることにする。f:id:labotekichan:20210722172129j:imagef:id:labotekichan:20210722172143j:image

 

昨日挨拶したアクセサリー屋さんやお茶屋さんも僕たちのブースにお越しになられて嬉しくなる。他の古本屋さんや運営スタッフさんとも仲良くなって、ほんわかした雰囲気が漂ってくる。そうなると、緊張感がなくなってほんの少し僕は饒舌になっていく。仲良くなった人にいぐっちゃんの謎なぞなぞを出題してみる。結果、正答者0名。なぞなぞ集団フジモテキイグチと勘違いされる。共通の知り合いを持つ方がいらっしゃって盛り上がる。後で知り合いの方からSNSでメッセージが届いて嬉しくなる。また、和山やま作品の話などをしたくなった。

 

にわか雨が降ったり、止んで蒸し暑くなったりする。僕たちのブースは大屋根のど真ん中なので雨の被害はなかったのだが、蒸し暑くて呼吸がしづらくなっている。一方で、本の話ができること・売れることによるホンヤーズ・ハイの境地は確かに存在しており、僕の健康状態がその天秤の上で揺れている。スマートウォッチで心拍数を確認し、時には深呼吸しながら冷静になって店頭に立つ。

店番をしながらこっそり他のブースへ本を買いに行く。吸い込まれるように選書の世界へ吸い込まれて、いつの間にかとんでもない量の本を手にしている。稲垣足穂の『飛行機の黄昏』を手に入れたので大満足。

以降も落ち着いた雰囲気でお客さんを迎える。もはやしゃべくり漫才師フジモテキと化していた4月高浜町USFESとは大違いである。

気づけばイベント終了の午後4時。めちゃめちゃ売れている。いぐっちゃんに至っては残り数冊しか残っていない。売れすぎて、逆に尼崎の古本市に何を持っていくか悩むことになりそうだ。どうしましょう。

撤収作業に入る。本をキャリーケースに詰め込むが、本を買いすぎたために行きの冊数と大して変わらない。家から蔵書を減らすはずが、積ん読がはちゃめちゃに増えてしまった。高松駅のスタバで振り返りをする。いぐっちゃんが今日の改善点というか、これをしたい!ってことをメモにしていて偉いなと思った。ホンヤーズ・ハイのタイマーが切れた僕は半開きの目とともにフラペチーノを飲むが、あんまりにもぼーっとしていたのでかき混ぜるのを忘れて、上のクリームが残ってしまった。

 

お土産を買って、高速バスで大阪へ帰る。窓からぼんやりと景色を眺め続ける。2月は緊急事態宣言にビビりながら医師の進言で飛騨高山を旅行した。なのに4月は福井県高浜町、7月は香川県高松市にハイテンションでやってきた。心のどこかで、遠くの街でこんなに楽しんでいいのかと思うことがある。コロナ禍のニュースで心が痛むことも多々ある。実生活と社会、二項対立では割り切れないグラデーションの海でもがき続けている。それは2月からずっと変わらない。それでも、光を求めて、自分の信じる方へ進むしかないように思う。

ここ最近は楽しい生活を送っている。でも、このニート生活がいつまでも続く訳がない、必ずどこかで終わりが来る。時折、会社の方々に申し訳なくなることもある。どこかで、何者になるか決めなければならない。サーカスの玉乗りみたいな日々が近づいている。その焦燥感が押し寄せている。