トリリンガル

昨日がポケモン新作の発売日と思っていたら、どうも明日らしいのです。ワクワク感のタイミングのズレが悲しくて。朝から晩までポケモン生活のはずだったのに、図書館で読書することになっちゃいました。

 

最近は、復職に向けて上司に病気の説明をしたり交渉したりしています。手帳を所持したまま働いても大丈夫ですか、など真面目な話を。

伝えるたびに改めて不思議だなと感じるんです、1つの身体に2つの心があることって。池田晶子さんの『14歳からの哲学』を読んだのですが、やはり不思議だなと。

私は一体誰なのか、心はどこにあるのか、死んだらどこにいるのか、目に見えない美や正義ってどういうことなのか。そもそも私たちの存在って不確かで永遠の謎だ。その存在の謎にどんとぶつかってみる、考えることが生きることであると。苦悩も人生の襞であると。

ということは、心が2つある僕は、解きがいのある謎を他人よりも多く持ってしまったのかもしれない。それで苦しむことも2倍かもしれないが、得られるおいしさも2倍なのかもしれない。甘党の僕もその苦味の良い面にようやく気づき始めたのです。

図書館でナシア・ガミーの『一流の狂気 心の病がリーダーを強くする』を借りたのですが、これがまた面白い本で。世界初の焦土作戦アメリ南北戦争で実行したシャーマン将軍も、CNN創業者のテッド・ターナーも、チャーチル首相も双極性障害だったらしいんですね。双極性障害のもたらす創造性、反発力・粘り強さ、共感、正しい現実認識という4点をもとに、精神医学から歴史を再認識するという本。名だたる功績を残した彼らも、功績を残す前に苦しみ、残したあとも苦しみ続けて破滅する。一流の彼らでさえ、禁断の果実の味を知ってそうなってしまう。それをどのように回避するか、それが今後僕が一番考えなくてはいけないことと思っています。

手帳を所持したまま働くというのは弊社においてもかなりのレアケースのようですから、「こうしたらいいんちゃうか!」と感じたら自分から積極的に動かなあかんなと思っていて、本棚の奥にある組織論の本を読んだりするんですけどね。まあ、変に過度な不安を抱く必要はないんですけどね、ただ、理想像は持っておきたい。また、創造性一発屋ギャンブラーみたいな働き方をする気はなく、実力はちゃんとコツコツ積み重ねていきたいのです。昨年受けようとして結局やめた資格を今年取ろうかなと思ったりする。ポケモンをやってから勉強する所存。明日はポケモンしかしない。

 

一番懸念しているのが、文章を書けるのかという点。日記でもなく、Twitterでもなく、真面目な文章。こればかりは復職前に参考資料を何回も読んで文法を叩きこまないといけない。

ちなみに、日記とTwitterの文体が全く違うことにいつも驚かれます。日記は頭を悩ませながら書いているけど、Twitterは適当なことばかりを書くと決めているためこのようになります。現時点でバイリンガル、これをトリリンガルにする必要があるということですね。

 

ところで、どうして今日はこんなに文体がふにゃふにゃかというと、生産終了して流通在庫分しか無いというニュースを聞いて、スミノフの瓶を買って飲みながら日記を書いているのです。でも、今Twitterで検索してみると終了したのはジーマの方らしいのです。バカだねえ、てきちゃんは。