観光名所

最近、散歩をするようになった。公園をゆっくり歩きながらあれこれ考える。次第に考えていたことを忘れて、噴水や寂しげな藤棚をじっと見つめていたりする。すると、ふとした拍子に「こうしたらいいかな」とアイディアが浮かんで、そのままスイスイと家に帰る。

 

まだ確定じゃないけれども、大阪に引っ越するんだろうなという雰囲気が漂っている。行ったことのない名古屋の名所を今のうちに訪れたい。

 

一番訪れたい場所。

それは八事霊園だった。

 

以前、友人が名古屋に来るということで観光名所をネットで調べていた。よくあるようなランキング形式で名所を紹介するサイト。そういうサイトをいろいろ見ていると、とあるサイトのランキング10位が八事霊園だった。

墓地がランクインするとは凄い街だなと思った。欧米では、墓地は安らぎを与える場所として近隣住民たちに歓迎されると聞いたことはあるけれど。それでも、霊園が観光名所というのは違和感を覚える。散歩していた時に八事霊園の入り口の前を通ったことがあるが、なんてことはない普通の霊園だったように思う。何がそんなに凄いのか。不思議で不思議でたまらない。

 

昨日の昼頃、自宅から八事霊園まで歩きたくてうずうずし始める。結局、資格の勉強をほっぽりだして玄関のドアを開いた。行程の半分を過ぎたあたりで雪が降り始め、御器所通で吹雪になった。急いで桜山のコメダに避難してホットオーレを飲む。リュックに忍ばせていた本を読むが、止む気配がない。結局、御器所駅まで吹雪の中を歩き、家に帰った。

 

今朝、ベランダから外を眺めると一面真っ白になっている。雪降る霊園も風情があるのではないかという気がしてくる。昨日よりも吹雪いているにもかかわらず、電車で八事霊園へ向かう。八事駅から霊園の入口へ歩く。黒いコートが真っ白になる。霊園に恐る恐る入ってみる。予めTwitterで検索したところ、この霊園を散歩コースにしている近隣住民も多いようで、不法侵入なんてのはなさそうだ。第一、ランキング10位である。入っていいはずだ。

陸軍伍長のお墓には、その姿を模した石像が建てられている。その像の帽子に雪が高く積もっていた。右手には登りの階段。登った先の様子がわからない。滑らないように手すりを掴みながら登っていく。

頂上から見える景色は、息を呑むような本当に美しいものだった。すり鉢状の地形を這うような数々の墓石、地面を覆う積雪。これまで様々な観光名所に行ったつもりだけど、ここは名古屋で一番感動した場所かもしれない。通路や階段が高低差を埋め合わせるため複雑に配されている。ぴょんと顔を出した墓石も相まってだまし絵のように反復している。よく見ると、不思議な形をしたお墓や像が遠くに見える。向こうの山の頂上には屋根がうっすら見える。この屋根を目指して進むことにする。

 

蟹江家、横井家、二村家......

大阪で出会ったことのない名字をこの霊園ではよく目にする。逆に、てきちゃん家と同じ名字のお墓は全く見つからない。

 

屋根の正体は簡易的な休憩所だった。登った先もお墓がパノラマに連綿と続いている。

どこから帰ればいいのかわからなくなってしまった。一面、石と雪の海、迷子になってしまった。連なる墓の向こうの方にマンションや大学が見えるので、あの辺りがきっと駅の方だろう。霊園の外縁部を目指す。

階段や通路が思い描いていた場所に無い。仕方なく迂回を繰り返してゆっくり外縁部へ登っていく。お墓参りをする方々は迷子にならないのだろうかと不思議に思う。

外縁部に着いたものの、そこはフェンスが霊園と外部を隔てていた。このまま霊園から抜け出せないのではと不安が募る。フェンスに沿って歩いていくと駐車場に辿り着き、そこから外部へ脱出した。

都市の中にぽっかりと穴が空いた、絵本の世界のような場所だった。でもそれは、何万人もの人々が関与してできた複合的かつ人工的な場所だ。そう思うとなんだか不思議だ。大阪に帰ったら瓜破霊園に行ってみようか。

 

こういう時って、家に帰って身を清める必要があるのだろうか。ハンドソープの後、キッチンのアジシオで手を洗った。サラサラした粒が手に当たると、なんだか背筋が一瞬ひんやりした後に安心感がやってきた。これでよし。