眺める終わりと始まり

暇を持て余している。転勤のスケジュールが1ヶ月延びて、少し張り詰めていた心が緩んで、とろんとした目をしている。

一方で、この暇を活かして『てきちゃん漂流日記』の2巻を制作しようとしても中々熱が入らない。1巻制作時の集中力がもう出ない、それは寛解に近づいているということなのだろうか。最初の2話を修正しただけで残りはそのままだ。夏までには作りたい。自分の考えたことが見知らぬ人へ届いていく、これは僕にとって稀有で不思議で大切なことだから、早く作りたい。

明日はまえがき・あとがきを書こうか。表紙のデザインもゆっくり考えていかないと。だけど、進まない。

 

上司からは「今のうちに名古屋を満喫してね」とのこと。行ったことのない場所を思い浮かべてみる。先日は八事霊園に行ったけれども、まだまだあるにはある。

先週、親友を誘って地下鉄名城線の真上を散歩してみた。環状になった名城線は約26km。上前津に11時集合、反時計回りで歩き始める。新瑞橋で中華を食べていたら雨が降り始め、傘を差して坂の街を歩き、八事のイオンでソフトクリームを食べ、自由が丘あたりで迷子になり、大曽根で夕食を食べながらくだらない話をし、膝が痛いやら尻が剥がれると呻きながら21時に上前津に到着する。「二度とやらん!」とお互い言いながら解散。左膝を犠牲に、名古屋の持つ多様な地形と街並みのシークエンスを1日かけて楽しんだ。

 

今日、久々にコメダで本を読んでいたら、なんだか息が詰まるような感じがする。肩のあたりから胸骨へと内側に丸まっている。これは良くないポージング。働く時も姿勢に気をつけないといけないなと思う。会社にあるダンボールの中に僕の腰痛緩和クッションが入っているはずなので腰は大丈夫。タイピングしている時の肩には要注意。

なんだか身体がむず痒くて飛び出したくなって、会計を済ませて外に出る。自転車に乗って、行ったことのなかった熱田の「七里の渡し」に向かってみる。

かつての東海道は、熱田神宮門前町である宮宿から三重県の桑名宿までの区間が海路であった。干拓が進んだため、今となっては宮宿の渡船場跡は海から遠のいている。

船場跡からぼんやりと海の方向を眺める。堀川の下流の向こうに名古屋港のビルが見える。やっぱり海が遠い。

散策して帰ろうかと思ったら、突如何百羽もの渡り鳥が南の空からやってきて目の前が真っ黒になってしまった。視界の下から上までバサバサと揺れる黒っぽい羽で埋まり、やがて着水して休憩を始める。そうかと思えば、短い休憩を終えた鳥たちは羽ばたいて、低空飛行で堀川沿いに北へ進んでいく。遅れた数羽が後からついていく。その一部始終を呆気にとられながら見ていた。どこから来て、どこへ向かっていくのだろうか。ただ、北へ向かったんだから直に春が来るのだろう。家に帰って天気予報を見ると、今週末は春の陽気らしい。