嘘と目

つきたい嘘が特に思い浮かばないまま、いつの間にか4月になっている。復職まで1ヶ月を切り、僕のグータラ生活が終わりを迎えようとしている。それはそれで、なぜか寂しくなる。

元来、嘘が大好きな人間である。あることないこと適当なことばかりを喋ってはボケ続ける。高校の同級生からは「ミスター虚言」という名誉か不名誉かよくわからない称号を与えられた。会社で働いていた時は、新入社員がでたらめターボを初っ端からぶちかますのは流石にまずいと思って鳴りを潜めていた。信頼関係に関わる。ただ、今でも高校の友人に会った時などは、僕の口から嘘八百が飛び出していく。

称号を僕に与えた友人が先日名古屋にやってきた。名古屋市営バスの中でも唯一高速道路を走る高速1系統バスが4月から廃止されるらしい。廃止される前に乗りに来たという訳だ。以前乗った僕も、なんだか寂しくなって同行を申し出る。

合流してバスに乗り近況などを話すが、どうしてもボケたくなる衝動に駆られて適当なことを言いまくる。そんな中、友人から驚くような企画が浮上していることを聞く。「マリア様」というニックネームの割とツッコミ気質の同級生がいる。マリア様とてきちゃんを喋らせて、どうなってしまうのかを鑑賞したいらしい。ボケ放題なんて最高ではないか、会社ではできない。もちろん快諾する。僕が大阪に引っ越したら、この大決戦を決行するらしい。ただ、正直本当に大丈夫なのかと、今更になってかなり不安になっている。

 

引っ越し準備を進める中、時間を捻り出してお世話になった方々へ挨拶に伺う。

クラウドファンディングの文章のお手伝いをしていた名東区引山の「私設図書館 もん」さん、先日ついにオープンしたので遊びに行く。両側の壁面にずらりと本が並ぶ。僕も本屋になっていたらどうなっていたのだろう、そんな気になる。これは面白そうと気になって借りた本が、漂流日記に縁のある方が寄贈されたものだそうで驚いた。

岐阜県美濃加茂市の「HUT BOOKSTORE」さんにも名鉄とJRを乗り継いで伺う。快気祝いにとある本をいただくことになった。ラッピングが綺麗。量・質ともに骨太な本だけど、ゆっくり大事に読み進めていこう。建築関係の本も久々に購入、大学時代を思い出してなんだか懐かしくなる。

一宮市の「よみかけ文庫」さんではSpotifyを見ながら5時間くらい音楽談義をする。最近流行っているらしいhyperpopを2人で聴いて、これは90年代の電子音楽に割と近いかも、なんだかハッピーな音がしますねとワイワイ盛り上がる。LITEやsora tob sakanaのようなポストロックの話でも盛り上がる。水曜日のカンパネラツインボーカルだった時の曲が凄いと僕は力説したりする。とにかく、ひたすら音楽の話をして幸せだった。

いろんな方々に出会えて本当によかった、ただそれだけである。

 

「本・ひとしずく」さんでは、僕が引っ越す前になんと『てきちゃん漂流日記』の読書会を開催することが決まる。えらいこっちゃである。こうなってしまうと漂流日記を読み直さねばならない。という訳で、頭から読み進めていく。

 

どうも不気味に感じるのである。

 

後半の第2章はまだしも、前半の第1章については僕が書いたとは到底思えない。嘘は書いていない。ただ、少なくとも今の日記とは全く異なることを書いている。何故そうなっているかは明らかで、単純に家から全くと言っていいほど出ていないからである。日記の癖して、家から出ずに引きこもっている。引きこもった結果、文章のほとんどが頭の中の思考を言葉にしたものになっている。実際に目で見たことに関する内容が異様に少ない。

読んでいて、僕が僕ではないような気がして、なんだか僕は気持ち悪くなる。 前半の第1章で思考・認識の最果てまで高速で突っ込んで、後半の第2章で引き返して久々に人間に出会ったような心地がする。

この1冊のテーマは「先入観との戦い / 自分の目でどう見るか」、それだけはわかる。ただ、「目」の話だと思っていたのに、「目・視覚」を使わずに「目・認識」の話をしている。嘘はついていない。そこになんだか違和感を覚える。

制作者自身が一番よくわかっていない読書会、それってありなのでしょうかと今更になって頭を悩ませている。