ブラックホール

5月4日に開催された福井県高浜町USFES。毎回凄いなと感じるのだが、今回はさらにエネルギッシュだったように思う。様々な人々が集まって大きな渦になって求心力を生み出していく。そう書いてみるけど、上手い言葉が見つからない。そういえば「大人の文化祭」と誰かが書いていたような。自分たちで作り上げていく感じ、大切なものを大切にしようとする感じ。それを熱狂の渦に乗せていく、そんなイメージ。それを踏まえると、フジモテキイグチは「大人の部活動」なのかもしれないと最近思い始めている。

地元の方々、普段は関西で学んでいる学生たち、三重県尾鷲市からはるばるやってきた視察隊の方々。渦がいつの間にか大きくなっている。いろんな人と仲良くなって、一緒に街を歩いて、海鮮丼を食べて、そして元の生活へと帰っていく。

 

高浜から帰った僕は6日、京都丸太町へ行く。高浜で出会ってすっかり仲良くなった大坪郁乃さんの個展に向かう。金属を用いて指輪やピアスなどを制作されている。その中でも、幾何学的なオブジェを僕は大好きになる。四角に見えたその姿が、視点を移せば円筒に見える。直方体かと思えば、奥行きが絶妙に少しズレている。USFESで漂流日記をお迎えしてちょこっと読んだ大坪さん曰く、今回の個展のコンセプトと、僕が最初の方に書いていた文章がリンクするとのことで、ひょえ〜と縮こまりながらその不思議なお話をお聞きした。印象が1つに定まらない、対立しない、揺れ動く、優しい、でも真剣な眼差しのその形態が本当に不思議でずっと見つめていた。

 

最近、自分のことをあまり見つめていなかった。見つめなくても、なんだか上手く回転するような気がしていた。ところが、復職まで24日、12日、6日とパタリパタリ折り畳んでいくと、焦燥感がそれなりに募っていく。全てを奪っていきそうな黒い渦がぼんやりと見えており、脂汗が滲み出るような心地になる。この不安との戦いを死ぬまで続けなければならない。余裕綽々という訳にはいかない。

そして、心の奥底へ潜っていく行為をここ最近はなんだか難しく感じている。例えば、出来事についてはスラスラ書けるけれども、感情について言葉が出てこないというか、どっしりと構えてゆっくりゆっくり抽出しないと浮かばない。でも、よくよく考えれば日記を書き始めた頃からそうだったのかもしれない。

具体的な仕事内容を日記に書く訳にはいかない。また、職場復帰にあたり、感情の推移をきちんと観察することが肝要に思う。そう考えると、イベント時などでない限りこれからの日記は内面的なものに戻っていくのだと思う。静かにゆらゆらとリビングで言葉を待っているような日が増えるのだと思う。何を見て何を感じたのか、それを辿れるよう1本の線に紡ぐために、感情とイメージと比喩の宇宙へ飛び込んでいく。

 

スーツをクリーニングに出し、シャツを買い、通勤定期券を手に入れる。全て、1年ぶりの行動。だけど、特に新鮮とも感慨深いとも思わず。ただ、始まるんだなという感触だけがある。

どうなってしまうのだろうか。流れ着いた先に僕はどこにいるのか。待ち受ける選択に僕は責任を持てるのだろうか。どんな仕事をするのだろうか。明日の昼ごはんは何にしようか。どう挨拶しようか。どの電車に乗ればいいのだろうか。途中にある踏切は閉じっぱなしにならないだろうか。どのシャツを着ようか。アラームは何時何分に設定しようか。

飲み込まれそうになる黒い渦を構成する粒子を書けばきりがない。しかし、その大半はどうでもいいことばかり。僕がするべきことは粒子を日記に散りばめて眠るだけ。忘れるためにこの日記は存在する。

 

出社まで、あと12時間。