風景(4日目)

名古屋時代の旧居と比べて、今住んでいる家の窓は少し大きい。旧居から持ってきた遮光カーテンを付けているのだが、丈が微妙に足りない。早朝5時30分には東向きの部屋に柔らかな光が差し込んで目が覚める。スマートウォッチのアラームは6時40分。

 

あと70分眠れる。

あと30分眠れる。

あと10分眠れる。

あと2分......

 

このあたりで起き上がり、スマートウォッチや私用・社用スマホのアラームを全て解除する。早起きにはもう慣れた。

雨が降る中、傘を差して駅へ歩く。段々、道行く人々の顔を覚えるようになるのだろうか。Spotifyで音楽を聴きながら歩く。長年かけて構築された“Tekichan Music List”は全1,364曲、99時間48分。あともう少しで100時間。これをシャッフル再生すれば、毎朝新鮮な気持ちでいられる。


Tekichan Music List - playlist by ゲリラ古書店フジモテキイグチ | Spotify

 

会社に着いてタイムカードを切り、フロアの自販機でウィルキンソンを買う。爆発しないように慎重に開けて、ひんやりした感覚を喉元へ流し込む。

昨日クロッキー帳に描いたメモを基に、上司とブレインストーミング。家で2時間で描いたというと上司に驚かれる。と同時に、自宅で仕事のことを考えていたことがバレて、禁止令が発令される。そりゃ当然である。

正直、ペンと紙さえあれば仕事について考えられる。それをどう律するかが難しい。だから、あえて最初に自宅でガッと作業して、その出力っぷりを見せて禁止令を出してもらうことで、帰宅後に心置きなくゴロゴロできるという算段。外部からの制限に頼らなくていいほど、まだ僕の内面は強くないと思う。

上司とあれこれと議論する、この時間が本当に楽しい。考えている方向がなんだか揃っているような感触がある。ただ、1年半の休職生活の副作用か、舌足らずで幼い喋り方になってしまうのが、なんとかならんものかと思う。咄嗟に敬語が出ない。ふにゃふにゃした話し方になってしまう。特に、逃げの印象を与える「とりあえず」と「一応」を使わないよう気をつけようと思う、とりあえず。

そんなこんなで上司と僕のコンビはかなりいい感じになっていると思う。モグライダーの芝さん、ともしげさんみたいな感じか。僕はクロッキー帳にメモを描く時、比喩や不思議な言い回しをするし、結構ボケる。それを拾っていただける、なんてありがたいことなんだ。

これからの3ヶ月で世の中の動向を調べたり、同期や先輩後輩から最近のプロジェクトについてインタビューして、自分がやりたいこと・方向性を見つけることを最も大切な目標と位置づけることに。僕が休んでいる間に、皆は何を見たのだろうか。このオフィス内で、自分探しの旅が始まる。普通に働いていたらこんな機会は無いだろうからラッキーだと思う。やっとこさ、あくせくしない気持ちになってきた。

あとは、部署のメンバーに病気のことを話せていないので、どこかグループ会議などのタイミングでお話できたらと意向をお伝えしたら、早速来週に話すことに。どう伝えるのが適切か考えなくちゃ、自分のデスクで。頭があれば仕事のことを考えられるんですと言い始めたら、もうおしまいだと思う。でも、どう伝えるかって、真剣勝負だから。だけど、就業時間中に収める工夫も、真剣勝負だから。

終業間際に上司から雑誌をお借りすることに。チャイムが鳴っても夢中でページをめくっているので「早く帰れ帰れ!」と上司に囃し立てられてしまい、「ひえ〜ごめんなさ〜い!」と言いながらカバンを持ってオフィスを去る。

 

家に帰る途中に、ロフトに立ち寄ってとあるものを買う。これは来週から使う予定。

家と会社を往復する間のすきま時間で、毎日30分ほど読書できる。この積み重ねはバカにならない。岡潔の『数学を志す人に』を読み終える。『春宵十話』や『数学する人生』を今までに読んだが、彼の文章はやはり美しいと思う。

僕の母は若い頃にバスガイドをしていて、そのこともあってか、幼い頃から母に京都へよく連れてってもらった。清水寺知恩院平安神宮京都御所。二条城に東寺。中でも心に残っているのは、嵐山の竹林を抜けた先にある常寂光寺。紅葉の季節に、夕暮れ時。照らされた紅葉の下から石段を上がっていく光景、見渡す京都市街の風景。岡潔の随筆を読むと、その記憶をいつも思い浮かべる。

日曜日は久しぶりに常寂光寺に行こうか。今なら新緑と苔が美しいだろうか。でも、なんか予定があったような気がするんだよな。なんだったかな。忘れちゃったな。

 

帰宅して本のページをめくる。しばらく仕事の本を読むのはやめておこう。明日は金曜日。今夜は長めにストレッチして、明日元気に出社しましょうよ。