温泉地と夕立

盆休みを迎える。初日、いぐっちゃんに連れられ新今宮針中野を歩く。「本のお店スタントン」さんで本を買って、阿倍野橋の近鉄百貨店の占いに連れてかれる。僕の研究室時代の同期たちといぐっちゃんが東京で会った時、同期たちは僕の恋愛運が気になるとしきりに言っていたらしい。いくらベールに包まれているとはいえ、余計なお世話である。ベールを取り去ったところで。が、いぐっちゃんも占いたいことがあるようで、そうして僕が占い屋に担ぎ込まれることになった。

占い師に、エネルギーが強いが故に自滅するタイプと言われる。占いに行くといつもそう言われる。人と目を合わせられない伏せがちな目だとか自信の無い声から、容易に読み取れてしまうのだろうか。健康と恋愛について占ってくださいとお願いする。

健康の方はというと、18〜28歳の激動の時期を過ぎ、これから10年は安泰らしい。良かった良かった。ただ、12月と1月は要注意とのこと。毎年その頃はふさぎがちになる。日没が早くなっていく今、冬がやっぱり怖い。とにもかくにも気負って無理しないように。

恋愛は3年後にいい人が見つかるでしょうとのこと。そっかあ。

印象に残ったのは、どうも僕は鋼の人であるようで、温泉に入るのがよろしいという助言である(いぐっちゃんは土の人とのこと)。幼い頃から祖父母のもとへ帰省しては湯の花漂う霧島温泉に浸かっていた身なので、これは納得できる話である。休職した直後も伊豆半島で温泉逃避行をしたし。昔から温泉が大好きなのである。

百貨店を出て、灼熱のてんしばで2人ハイボールを飲みながらうだうだする。頭の中は温泉一色。実は明日行くのだが、ぐふふ。

 

翌朝目覚めたらリュックに着替えを詰め込んで、8時に新大阪駅集合。親友と合流し、ハイボールを買い、特急こうのとりに乗って北へ運ばれていく。

JR西日本のサイコロきっぷという企画がある。往復5,000円で西日本各地に旅行できるが、どこに行けるかは運次第というもの。大当たりは博多で確率は1/36。僕は瀬戸内海のほのぼのとした尾道や倉敷がいいなあと思っていた。親友が引き当てたのは兵庫の北端「餘部(あまるべ)」。こうして特急と鈍行を乗り継いで3時間半、日本海に放り込まれることになった。

鉄橋で有名な餘部も今ではコンクリート橋。それでも谷を真っ二つに渡す大きな橋に目が眩む。防波堤に座ってカニバーガーを食べたりする。雲一つ無い海を見て、水平線から上部への淡い水色のグラデーションを見て、なんだか懐かしい気持ちになる。自然をじっくりと眺めるのは、本当に久々のように思う。幼い頃は何でも眺めていた。風通しの良い家に住んでいた。眠れない夜に、網戸の向こうの夜景を眺める。遠くの空に飛行機が明滅しながら飛んでいたりするのを、ただ眺めている。雲が流れていくのを見ているうちに、眠りにつく。旅行に連れてってもらう時も、車中では眠らずにずっと外を眺めている。揺れる木々や流れる家々をただ見つめている。そういったことが一風景として心の中に残っている。


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鉄路を引き返してゆらり鈍行、城崎温泉駅。初めて訪れるのでわくわくしている。チェックインし浴衣に着替えて外湯へ。今日は宿に近かった地蔵湯。鋼のてきちゃん、すぐのぼせるために温泉と冷たいシャワーを往復する。日本酒をいただき、下駄をコツンと鳴らしながら帰っていく。

翌朝は少し離れた一の湯、洞窟風呂に入って石を撫でている。暑さで揺らめいたような川沿いの柳を日陰から見つめる。チェックアウトして近くの店で温泉卵を作っていたら一雨降る。こりゃ観光できそうもない。店内でアソビ大全の花札で友人と勝負するがボコボコに負ける。しばらくしたら雨が止んだので、外に出たら幾分涼しくなっている。熱々のカニまんを買ったらすぐに陽が差して日陰でぐったりしながら食べる。海鮮丼を食べて腹がはちきれそうになる。

「短編喫茶Un」さんを訪れる。ドリンクとどら焼き、志賀直哉の『城の崎にて』を購入して2階の席へ。棚に並んだ本を見て、ああ良いなあとあちこちに視線が飛んでは立ち止まる。寝不足の親友がうとうと眠っている間に『城の崎にて』を読む。迂回をしないような隙の無い文章と感じる。店内を巡って3冊の本を買う。ポプラ社の百年文庫『季・幻・夜』。約150ページの中に国内外の3人の

小説家の短編が収録されている。短編好きの僕には最高のシリーズ。ただ、全100巻あるのだが、どうも最近は絶版になりつつあるらしい。見つけたらその都度お迎えしていこう。

花札と大富豪で2時間半、新大阪に帰る。

https://books-onsen.com/


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自然を見たい。温泉に行きたい。そんな生活を日常に滑り込ませたい。そんな欲求が城崎で弾けて、帰った僕はスマホで「大阪 温泉」と検索している。曲がりなりにも都会に位置する住まいは、静かだけれども無機質で暑い。人の多いスーパー銭湯にも行きたくない。都会の喧騒から離れたい。

翌日、家から近い摂津峡温泉に行く。送迎バスに揺られ、窓から風景を見つめている。空を眺める幼少期の癖が戻ってきた。ごくわずかに動く雲を見つめている。単に一方向へスライドするのではなく、重なり溶け込むようにしてごくわずかに変化していく。

温泉に着いたら、看板に「療養温泉」と書かれている。後で知ったが、湯中の成分が豊富であるらしい。入ってみると、とろっとしたお湯がとにかく良い。温泉の成分など全く知らないが、間違いなく良いと肌がそう言っている。ぬるめの露天風呂なんて、いつまでも入っていられるような心地良さ。サウナやジェットバスも設けられており、ジェットバスは温泉の湯を使用。うーむ、スーパー銭湯に行けなくなる。

効能の一覧を見れば「自律神経不安定症 うつ症状」とある。湯から出る頃には万事ハッピーになっていた。少しながらも覆っていた暗い不安は吹き飛んで、快晴という気分。悩んでいるのがアホらしい、悩んでいる暇があったら摂津峡へ向かえ!

往復の交通費を含めてもかなり安い。なのに、この満足感。最低でも毎月通うことに決める。なんなら、摂津峡の近くに住みたい。

 

百年文庫の『季・幻』を読む。さらに、収録されている小説家の中でも尾崎翠が気になり、彼女の『第七官界彷徨』を読む。これがまた面白い。主人公の町子がいつもいつもかわいそうで愛らしい。ユーモラスなかわいそうはかわいらしい。

小説を読んでいると、道端で何かを思い出してハッと振り返るような感覚になることがある。そのような感覚に沈み込むのが僕は好きである。『第七官界彷徨』ではストーリーの構築に絵コンテのような図を用いているためか、1つ1つが場面として強く印象に残る。

 

 

スーパー銭湯で本を読むのが休日の常である。だが、大阪に引っ越してまだ数ヶ月、行ったことのない店が多い。摂津峡に出かけた以降、スーパー銭湯に行くものかと思っていたが、結局開拓の旅に出かける。しかし、訪れた店はリクライニングチェアが無く、寝ころびスペースも岩盤浴となっておりじんわりと熱い。全く読書にならず、肩を落として送迎バスに乗る。バスが動き出した途端、西から流れてきた雨雲から強烈な夕立が降ってくる。ケーキ屋の前で傘を持っていない客が途方に暮れていたりするのを目にする。あっと思って空を見ると、一面灰色で濃淡が無い。高校の体育祭の頃に降った夕立もこんな感じだったか。1日として同じ日は無いのだが、それでも雲はぐるっと回って見覚えのある風景を見せる。そのことに気づいて、なおさら車窓の上の方を見ている。あの雲は全てを吐き出して軽くなろうとしているように感じる。バスから降りる頃には雨が止んで、灰色の中から晴れ間がほんの少し覗き込んでいた。

 

そういうふうにして、温泉に入っては本を読み、ぼんやりと空を眺めている。そういったものに触れられる、それが僕にとって幸せなんだと思う。それが一番楽しい。愛でる心が、僕の心の中の絶対不可侵の場所にある。それさえあれば、生きていける。ただ、盆休み最終日はやっぱり気が重くなっているだろうから、もう一度摂津峡に行こうと思う。全ては簡単なことなんだ、苦しい時は温泉と友人の会話が助けてくれる。全て吹き飛ばしてくれる。