考えられなくなる薬

それからも憂鬱な日々が続いている。区民センターで筋トレをして、自炊も頑張ってみるのだけど、決して満たされることはない。夜はやっぱり気が狂いそうになる。毎晩薬を飲んで目が虚ろになる。ネットで調べたら、今飲んでいるメイラックスは依存症や離脱症状を引き起こすこともあるらしい。できることなら早く薬とおさらばしたい。だけど、薬を飲んで何も考えられずにぼーっとする時間、それはある意味幸せなこととも思う。そうしてあれこれ考えて結局、どうしようもない不安や絶望を消すために、薬を飲んで半ば夢見心地になってしまう無気力で怠惰な夜を繰り返さなければならない未来の一点を見つめて、なんだかつらいなあと思ったりする。

考え過ぎとよく言われる。悩みすぎて最近は常に頭が痛い。嫌なことには目を瞑って気楽に頑張ればいいじゃんと言われる。でも、僕にはそれができないし、試みる意欲が湧かない。考え過ぎることって悪いことなんだろうか。僕には目を塞いで見ない方が怖い。考え込み過ぎてバッドエンドを迎えても、それはそれで仕方のないことと思うようになってしまった。それほどまでに自分自身に対してごまかして偽りたくない。でも、そこまで自分を追い込んで自殺されてもまあ困る。そうして、思考を奪う薬を仕方なく毎晩飲む。

考えられなくなる薬を飲んで、ぼーっとしている。本が読めなくなる。Youtubeを見ていても、頻繁に映る浅ましい広告に反吐が出そうになり、スマホのスイッチを切る。そうして何もできず、布団に潜って泣きながら眠りにつく。そして、段々と夜明けが遅くなって薄暗い朝を迎える。

 

今月の頭から週3程度で就労移行支援事業所に体験通所している。グループワークをしたり、Excelの練習をしたり、オフィスワークの模擬訓練をしたりする。用意された昼食の弁当は無料。弁当を食べるために30分ほど自転車を漕いで事業所へ行く。自転車は最近購入した、行動範囲が広がる。

事業所でキーボードをドカドカ叩いているうちに自己流タイピングを矯正しようという気になる。自宅で寿司打を毎日30分ほどしている。PとDのキーが特に苦手。思念で文字が入力できるようになってほしい。もはや思念体になってしまいたい。

 

『てきちゃん漂流日記』のファンであるumeさんから、ZINEの展覧会を開催するにあたって漂流日記を展示していいでしょうかとメッセージをいただいた。制作から1年以上経ってもこうして大事にされているなんて、本当に嬉しい。ZINEの展覧会なので制作の過程がわかればいいなと思い、手作り版漂流日記をumeさんに送付する。

展覧会の最終日、電車に乗って大津市瀬田駅、会場に向かう。umeさんと初めてお会いし、話し、展示されているZINEを読み、画用紙にフリーペーパーを描き、umeさんのZINEに寄稿された方々が集まった夜のインスタライブの観客になり、さらに様々な方々が集まって、また話し、終電近い時刻に大阪に帰る。

その熱狂的な1日、指先まで血がガンガンに巡るような、頭にスパークが走るような感覚を久々に肌で感じ、これだよこれという気持ちになる。

 

ものを創造して、それを通して人と出会い、居場所ができる。

 

それが一番の特効薬なのだろう。やっぱりそれしかないような気がする。一人で黙々と筋トレをしている暇なんかない。自分を騙している感覚からはそうそう逃げられない。そうして、創作意欲に溢れてフリペを作り始めたりしている。

 

とはいえ今後のこととか考えないといけないし、薬の作用もあって日々、中々苦しい。包丁を持つのが怖い。筋トレするのもアホらしくなってきた。

就労移行支援を正式に利用するため区役所に手続きしてきた。社労士の力を借りて障害年金の申請にトライしてみようと思っている。会社を辞めようと内心思っている。そういったことを全部1人で背負い込んで、気が狂いそうになっている。街を歩いていて、足の力が不意に抜けることがある。限界かもしれない。